写真とオーナー様からのメッセージで見る「木の住まい」施工事例をご覧ください。

光あふれるウッドデッキの家

オーナーズメッセージ

はじまり

私たちのいえづくりは、4年前に始まりました。近所をはじめ、ニュータウン、開発団地など、土地探しから始めたのですが、並行してハウスメーカーや工務店選びも始め、あちこちの住宅展示場やショールームに通っていました。漠然とハウスメーカーで建てるのかなと思っていたのですが、モデルルームや雑誌を見ているうちに「建築家にお願いして建てるのも悪くない」ということになり、建築事務所を訪ねたりもしていました。CHとの出会いもこの頃で、とある工務店の見学でもらった『全国安心工務店一覧関西版』という本にCHが掲載されているのを見かけました。その後、ミニコミ誌で見学会の案内が掲載されているのを見つけて、構造見学会・完成見学会へ出かけました。当時の濱畑社長はと言えば、当然今と同じで、「奥さん、サッシのここ、見てください。うちの大工は上手でしょう。」と大工仕事の丁寧さを熱心に語っておられました。余程建て方に自信があるのだな?と思いましたが、まだ土地も決まっておらず、その頃は工務店の候補の1つという感じでした。


いえづくりの中断

この頃は私も嫁さんもいえづくりに燃えていたのですが、場所をどこにするのか、どれくらいの広さにするのか、両親や子供はどうするのかなど、真剣に議論するうちにお互いの考えが全く噛み合わず、1年ほどの検討の後に「当面家を建てるのは見送ることにする」といえづくりはお蔵入りとなってしまいました。そんな中、今住んでいる社宅が閉鎖となるため「3年以内に退去するように」との通知が来ました。


土地との巡り合わせ

それから2年が過ぎ、子供も3歳となり保育所へ通いだしました。社宅の退去まで1年を切り、そろそろ引越を考えなければならない時期になっていたため、子供の保育所を変更しない範囲で探すということだけを決めて、いえづくりを再開しました。正直、2年前の議論で嫁さんと意見が噛み合わなかったので、私は家を建てることについてはあまり乗り気ではありませんでした。4年前にいえづくりに燃えていた頃は、不動産屋から頻繁に物件の案内があったのですが、この頃にはほとんど連絡もない状態となっていました。このあたりは古い町のため物件が少なく、当時も良い物件は見つかりませんでした。当分土地は見つからないだろうと思いつつ、久しぶりに、しかも渋々不動産屋に電話をしてみたところ、第一声は「昨日、良い物件があったのでFAXで案内を送っています。」でした。いえづくりを再開してたった1日でよい物件に出会うことになったのです。


濱畑社長登場

こうなるとこの土地を買うかどうか決断しなければなりません。しかし、この土地に自分たちの思い描くような建物を建てることができるのかどうかわかりませんでした。そこで、CHへ「土地が見つかりそうなので、一度建物について相談したい」と連絡したところ濱畑社長が電話に出られ、「相談ならいつでもいいですよ」との返事でした。ただ、その電話の中で、「土地の地目が田だが問題はないと思う」と話したところ、社長が「まだ土地は買ってないですよね!むかし田んぼなら何かあるかもしれない。買ってからだと手遅れになるのでなんなら見に行きましょうか。」と翌日には宝塚から明石まで来られました。まだ、契約するかどうかもわからない客に、サービスというよりは社長の信念で来られたのだと思います。結果は、「悪くない土地で建築も問題なさそう」との判定でした。この判定で土地の購入を決断、見学会で社長にお会いしてから3年ぶりの再会でした。(社長は私たちのことは覚えていなかったようですが…。あたりまえか。)


工務店選び

6月に土地の購入が決まり、「急げば社宅の退去期限までに家が完成するかもしれない。」ここから誰に家を建ててもらうかの検討です。4年前にいろいろ検討していたので候補は3つに絞られていました。明石に近い工務店で見学会にもよく行っていたA社、木造の家づくりを得意とする建築家B氏、そしてCH。どこにお願いするか悩みに悩みましたが、まだ建築をお願いすると決めてもいないのにすぐ土地を見に来てくださったこと、そして濱畑社長の木の家づくりに対する頑固なまでの情熱に惹かれ、CHにお願いすることになりました。


いえづくりの進行

実際にいえづくりが始まると、とにかく決めなければならないことがいっぱいなのですが、慎重かつ優柔不断な性格の私たちにとって、この決定するという作業が大の苦手で苦労しました。間取りは悩むことなく第1提案で即OKとなったのですが、CHには濱畑社長の「こだわり」以外はいわゆる標準仕様というものがないため、どのような選択肢からも選ぶことができるので、迷ったり、判断がつかなかったりすることが多々ありました。キッチンや風呂、電気設備に至るまで、カタログやホームページとの格闘、ショールーム巡りの旅…本当に忙しい1年でした。濱畑社長にとってはあたりまえの事でも、実際のスケールや質感などを図面からイメージするのは難しく、正直、「決めること」に疲れてしまったこともありました。それでも朝晩、遠回りして建築現場の前を通って通勤し、少しずつできあがっていく姿を見ていると、「今日はここまで進んでいるんだぁ」と楽しい気分になりました。


木材選びに吉野・熊野まで行く

いえづくりを考え始めた当初から、「この柱とこの梁がこの家を支えている」という感じで、家・家族の成長を見守るシンボルとして大きな大黒柱と丸太梁(丸太梁は設計の都合上採用されず…残念)を入れたいと思っていました。また、できることなら製材所まで見に行って自分たちでシンボルとなる柱などを選びたいと考えていました。こんなんこともCHなら「可能」というより、他の方々もされている「ごく普通なこと」のようです。吉野では大黒柱と床柱を選び、熊野では実際に柱を製材するところも見せていただきました。製材所の方ともお話することが出来、貴重な経験をすることができました。数十年間は使うことになる家の柱を製材するところから確認できたこと、また、それに携わっている方と話をすることができたことは、思い出になることはもちろん、安心や家への愛着などいろんな意味でよかったと思います。


最後に

「もう少しお金があれば」「もう少し時間があれば」「もう少し自分にも建築の知識があれば」と望めば切りがないのですが、いろいろ悩み、自分たちのできる範囲で絶えず『良いと思う方』を選択してできあがったこの家は、ある意味、私たちにとって一番よい家になったのではないかと思っています。濱畑社長をはじめ数多くの方々の力でできあがったこの家を眺めていると、いえづくりのテーマであった「家は買うものではなく建てるもの」との想いは、みごと成功に終わったと思っています。

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